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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)2288号 判決 1966年9月24日

理由

本件手形の被告振出名義の記名及びその名下の印影が被告の記名印及び印鑑によつて顕出されたものであることは当事者間に争いがない。

そこで、右の記名及び印影が被告の意思に基いて顕出されたものであるか否かについて検討する。《証拠》を綜合すると、

(一)  被告は、昭和三八年当時訴外昭和製本株式会社の代表取締役としてこれを主宰していたが、他方個人名義で宅地造成の事業をも営み、会社の経理と個人のそれとを必ずしも判然と区別しておらず、又そのためもあつて、右訴外会社の事務員たる訴外高橋不二子こと中川不二子に会社の経理事務と共に右の個人事業のそれをも担当させていたこと。

(二)  被告は、同年三月二二日、個人事業の資金にあてるため金額五〇万円満期同年四月二二日、振出人昭和製本株式会社、受取人原告と記載した約束手形二通を作成してこれらを原告に交付し、更に同年五月二九日、右と同様にして原告から金一三〇万円を借受け、順次返済して残額が金五〇万円となつた際に、訴外昭和製本株式会社振出名義の金額二〇万円及び三〇万円の約束手形各一通を作成し受取人欄白地のままこれを仲介人たる訴外中川哲雄を介して原告に交付したが、その際同訴外人において何故か右受取人欄に「不動建設」と記入してこれを補充し、第一裏書人欄に偶々同訴外人が所持していた「株式会社不動建設代表取締役社長石毛春治」と刻字された記名印及び右石毛春治名義の印鑑を押捺し、更に第二裏書人欄に同じく「日本開発観光株式会社代表取締役中川博文」と刻字された記名印、同社の社印及び代表者印を押捺した上でこれを原告に交付したものであること。

(三)  ところが被告は、前項の各手形をいずれも満期に決済できなかつたため、原告に対し主として訴外中川哲雄を通じて支払の延期方を要請し、原告の了承を得た上でこれ又同訴外人を介して新手形を交付したが、このような新手形への切替が前記いずれの手形についても結局十数回に及んだこと。

(四)  右のような切替が重ねられたについて、新手形作成の事務は被告の個別的ないしは包括的な指示により専ら訴外中川不二子がこれを担当したが、昭和三九年二月頃から振出人の記載が主として被告個人の名義となり、又原告への交付を依頼された訴外中川哲雄によつて、金額五〇万円の手形二通の受取人欄は当初の原告名義の記載が変更されて時として「不動建設」と補充されることもあつたが、多くは同訴外人が代表取締役になつている訴外宝和建材株式会社名義の記載に変更され、いずれの手形も裏書の形式的連続が保たれた形で原告に交付されていたこと。

(五)  本件手形はいずれも右のようにして切替が重ねられた最後のものであること

以上の各事実が認められ、それらを綜合すれば、本件手形がいずれも被告の意思に基いて真正に振出されたものと認めることができる。前掲証人中川不二子、同中川哲雄の各証言中右認定に反する部分はいずれも本件外の被告または被告の代表する前記訴外会社その他の会社が関係する多数の手形に関連し、記憶に一部混同があるものと思われ、採用しがたく、他にこの認定を覆すのに足りるだけの証拠は見当らない。(もつとも、証人石毛春治の証言によれば、同人が被告振出名義の手形を多数偽造したことが認められるけれども、本件1ないし4の手形及びその切替前の各手形が右石毛春治の偽造にかかるものでないことは、右証言自体によつて明かである。)

次に、原告所持の本件手形に原告主張のような連続する裏書の記載があることは当事者間に争いがない。

ところが被告は、本件手形の受取人である訴外株式会社不動建設に対して被告が本件手形を振出すべき何等の原因関係もないと主張し、これを前提とする抗弁を提出しているが、叙上判示したとおり、被告が原告を受取人として直接これに交付する意思で訴外中川不二子に命じて作成させた本件手形に、右の交付につき被告の使者と目すべき訴外中川哲雄が何等の実質関係がないのに拘らず偶々受取人兼第一裏書人として訴外株式会社不動建設の名義を、又第二裏書人として訴外宝和建材株式会社の名義をそれぞれ補充もしくは記入したにすぎないのであつて、原因関係の存否は専ら原被告間についてのみ問題とすべきところ、これが存在することはさきに判示したとおりであるから、右の主張は理由がなく、その余の点について判断するまでもなく被告の抗弁は採用できない。

以上の次第であるから、被告は原告に対し、本件手形金一五〇万円及びこれに対する本訴状送達の翌日であること記録上明かな昭和四〇年八月一五日以降完済までの法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるものといわなければならない。

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